母の手を握る赤ちゃんの手

息子を抱けなかった出張の日

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今から7年前、妻が長男を出産した時の話です。

初めての出産ということもあったのか、出産予定日から2週間経って生まれる気配がありませんでした。

初めての出産で妻も不安だろうから、出産には立ち会うつもりでした。
職場の人も気を遣ってくれ、仕事をカバーしてくれていましたが、出産が遅れたこともあり、徐々に周りへの負担が大きくなり始めました。

そんな中、ずっと私が担当していたプロジェクトに問題が発生し、その対応のため出張せざるを得なくなりました。
かなり迷いましたし、手は尽くしましたが、どうにもなりません。
妻に事情を説明し、すぐに戻ってくるので、少しだけ我慢して欲しいと伝えました。
妻も私がそのプロジェクトに力を入れていたことを知っていたせいか、笑顔で私を送り出してくれました。
私は人生で一番後ろ髪を引かれながら、出張へ向かいました。

しかし何の因果か、その出張中に妻から「産気付いた」との連絡がありました。
仕事を投げ出す訳にはいかず、心を鬼にして仕事に取り組みました。
その間、妻から不安一杯のメールが次々に送られてきます。
隙を見ては、メールで励ましたり、電話したりしていましたが、埒が明きません。
フルパワーで仕事を片付け、私はとんぼ返りしました。

飛行機が空港に到着して、急いでタクシーに乗り、病院を目指しましたが、夕方のラッシュに捕まり、全く進みません。
意を決して、病院まで走ることにしました。
病院まで約3キロ、妻のため、生まれてくる子どものため死ぬ気で走りました。

苦しくて吐きそうになりましたが、どうにか病院に着き、産婦人科を目指しました。

しかし病院に着き、油断したのか、体力の限界だったのか、足がもつれた私は、廊下で豪快に転けました。
それでも急いで起きようとすると、両手に激痛が走りました。
情けないことに私は悲鳴をあげてしまいました。

ちょうど近くにいた看護師さんが介抱してくれ、私はストレッチャーに乗せられ、産婦人科ではなく、外科へと連れていかれました。
すぐにレントゲンを撮り、診断結果は左手の骨折と右手の脱臼でした。
内出血がひどく、場合によっては手術になるので、そのまま入院することになりました。

しかし、妻も一大事です。
電話もメールもできなかったので、看護師さんに事情を話し、状況を妻か付き添っている家族に伝えて欲しいと伝えました。

看護師さんは、やや半笑いで快く引き受けてくれました。
処置が終わり病室で休んでいた私に、妻が分娩室に入ったとの連絡があり、
看護師さんが私を車椅子で産婦人科まで、連れていってくれました。

妻に付き添ってくれていた母や義母は私を見て、絶句しました。
まもなくして分娩室から赤ん坊の鳴き声が聞こえ、無事に息子が生まれたことが分かりました。
しばらくして、分娩室から助産師さんが、息子を連れてやってきました。

助産師さんは私を見て、ギョッとしましたが、抱けない私の顔の近くに息子を近づけてくれ、息子を見せてくれました。
その瞬間、不思議な感覚になり、感極まった私はボロボロと涙を流してしまいました。
もちろん涙を拭えないので、外科の看護師さんにティッシュで拭いてもらいました。

翌日、私は看護師さんに妻の病室まで車椅子で連れていってもらいました。私は妻を労い、妻は私を見て笑いました。

その後、左手の手術をすることになった私は妻に遅れること、3週間、無事退院することができ、初めて息子を抱きました。
とても心地の良い重さでした。

7年経ちますが、息子の誕生日にはいつも私の骨折が話題になります。
その度に私の左手は疼き、息子と初めて会った時の不思議な胸の高ぶりを思い出します。